
年神 和子さん
老人介護施設で仕事をしています。自己流で、手品を趣味にしていましたが、施設での行事や催しの空き時間に披露したら、利用者の方々が喜んでくれました。人前でやるからにはもう少し上達したいと思い、みんカル講座の「マジック初級」に申し込みました。
受講して半年になりますが、瀬紀代功先生のマジック技は手際がよく、指導も優しいです。ジョークを取り入れた話し方などは、実際に人前で披露すると参考になりますね。毎回のレッスンが楽しみです。 習ったことを忘れてしまう事も多くノートに書き留めて、家族を前に練習します。手厳しい家族の批評を受けながらも、先日は「おぉー・・」と感嘆の声をもらいました。(笑)
マジックを習うことはタネあかしから入り、それをいかに見破られないようにして見ている人を楽しませるか、そのテクニックが必要です。みんカルに通うようになって、色付きのロープや出し物に利用できないかしらと工夫するようになりました。 教室では皆さん一生懸命で、時には無口になって自分の世界に入り込んでしまいますね(笑)。10月からは上級クラスになり、もっと多くのことを教わりたくてわくわくします。
夢はボランティアとしていろんな施設に出掛けて行き、マジックを通してお年寄りたちに喜んでいただく活動をやってみたいです。習ったことが上手くいくと我ながら驚き(笑)、自信にもなります。練習を積んで、夢が実現するようがんばります。
表題の意味は、文字通り「憂いを忘れるもの」の諺である。それは、古今東西、人によって千差万別だろう。
和漢の文学作品には、たびたび酒が忘憂の物として登場している。
陶淵明は「飲酒」と題する詩の中で「菊の花をこの忘憂の物に浮かべて浮き世を忘れる」と歌い、李白は「将進酒」の中で、財宝を全て酒代にかえて「汝とともに消さん万古の愁いを」と訴えかけている。
わが国では、万葉歌人大伴旅人の賛酒歌十三首が有名。
言はむすべせむすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし
彼らにとって、酒こそが至高の「忘憂の物」であった。
さて、「みんカル」の多彩な講座に集う皆さんが求めているのも、程度の差こそあれ「忘憂の物」と言ってよいだろう。これまでの趣味の世界をますます深く広く追求するもよし、まったく新奇な分野にチャレンジして、自己変革を目指すもよし。
筆者が担当しているのは古典文学鑑賞講座である。御多分にもれず、受講生は全員昔乙女の方々ばかり。ここしばらく、メンバーの固定化が気になるが、皆さん熱心である。
「ひとりともしびのもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる」『徒然草』第十三段の中で、兼好法師は、読書こそが心を慰めるものとして最良のものだと述べている。趣味、娯楽が多種多様な現代においても、読書が最高の心やりだと思っている人は少なくない。
古典文学の精粋に触れる機縁になる本講座に、よろしかったら足をお運びください。
宮 千足
●「更級日記」精読(10月期) 毎週水曜 13:30〜15:00